ケーキ屋の常連
ケーキ屋に行って苺のショートケーキが無いと、ちょっと意外な感じがする。でも、それ以上に、チーズケーキが無いケーキ屋ってなかなか見かけない。
どんなケーキ屋に行っても、だいたい黄色いベイクドチーズケーキが、時にはスフレが、それでなくてもチーズケーキがショーウィンドウに並んでいる。
しかもケーキ屋だけじゃない。ケーキはあんまり扱っていない他の洋菓子屋さんにも、チーズケーキならあったりする。それも定番人気の商品。
もしかしたら「ケーキ」と名がつく中で一番売れてるんじゃないだろうか。改めてふりかえると人生のそこかしこに、チーズケーキが転がっている。
ケーキ・ファンタジー
けれども、お伽話の姫様が慣れた手つきで口に運んでいるのは、きっとクリームとフルーツのたっぷり乗ったショートケーキだ。
あるいは、高級チョコをたっぷり使った重くて甘いチョコレートケーキ。たぶん、チーズケーキじゃない。
もしもこの世にケーキのアイドルグループがあったとして、そのセンターはチーズケーキじゃない。なんだか、そんな気がしてしまう。
なんでだろう、崇拝したくなるような危うい絶対性が、チーズケーキには無い。偶像性が、そこには無い。
ケーキ・ナイト
例えるならば、チーズケーキは抱き枕だ。
一緒に布団に入ったら、すやすや眠れるそんな気がする。チョコケーキだとそうはいかない。あれは人間の体温には耐えられない。
もしも一緒に眠ろうものなら、翌朝には原型を喪ってしまう。どろどろになったベッドとヒトが、悲しく残されてしまうだけ。
苺ショートも悲惨なものだ。生クリームでふわふわで、抱き締めるには華奢すぎて、とてもじゃないけど隣でなんか寝られそうもない。
ベイクドチーズケーキは違う。毎晩一緒に居てもいい。一緒に居なくたっていい。たぶん束縛しないと思う。なんなら、今夜は他のチーズケーキに抱き着いたって、文句の一つも無いだろう。
ケーキ・ニルヴァーナ
チーズケーキが羨ましくなる。チーズケーキが大嫌いな人を今まで見たことが無い。チーズケーキはやっかまれない。わざわざチーズケーキの前で悪口を言いたくはならない。
ただなんとなくいろんな人に、みんなと言っていいほどの人に、なんとなく愛されてるみたい。チーズケーキが怖くなる。
苺ショートのそばだって、季節のフルーツタルトの横でも、チーズケーキは落ち着いている。
チーズケーキは地味なまま、何にもせずにそこに居る。おめかしもせず、奇も衒わずに、いつもの通りそこに有る。
僕はチーズケーキのようになれない。他人と違う自分で居たい。自分以外を選ぶなんていてもたってもいられない。きっとケーキの中で一番、チーズケーキは解脱に近いんだと思う。人間が置いて行かれる前に、食べといた方がいいのかも知れない。