むがじんの記事で紹介されていた「解呪」を、最初に体験したのは、2023年1月24日のことでした。正直に言うと、その時の私は、かなり半信半疑でした。
解呪の効果として想像していたのは、
「うわー!スッキリした!」とか
「肩こりが取れました」といった、分かりやすい変化です。
しかし、実際に体験してみても、そうした実感はほとんどありませんでした。
それなのに、なぜこの解呪は人気なのだろう?
正直、少しうさんくさいなと思いつつも体験したのですが、
実感がほとんどない一方で、知るはずのない地名や背景が現実と重なっていくことに、驚きがありました。
そのことも含めて、書いていきたいと思います。
解呪とは何か
読んで字の如く、呪いを解くのが解呪(げじゅ)です。人はみな、大体何かしらの呪いにかかってるそう。
ええ!?こわい!!と思いますよね。
いやいや、多神和さんが言っているのはこうです。
「ここでいう呪いは、あなたが自分でも気づかないうちに受け取った誰かの言葉、思い込み、家族や過去世から引き継がれた「重たさ」のこと」
解呪では、48個の言葉が提示されます。多神和さんの解呪では、それぞれの言葉について簡単な解説も受け取ることができます。
オプション料金にはなりますが、出てきた48個の言葉の中からいくつかについて、呪いの内容を観てもらうことができます。その結果、驚くべきことがあったので書いていきますね。
48の呪い〜わたしの場合〜
解呪します!と言うと、多神和さんは静かになり、しばらく待つと48の言葉が送られてきます。
うわー、なんか禍々しそうなものから、見たことも聞いたこともないような言葉まで色々あります。
検索しても一つも出てこない言葉があるのが、なんだかホンモノって感じがします。
今回は、その中でも特に印象に残った言葉について呪いの詳細を聞いてみたので書いていきます。※オプションメニュー
呪い1「かまがたり」
最初に気になったのが、「かまがたり」という言葉でした。
ちなみに、解呪で出てくる言葉について、多神和さん自身はその意味や由来を知りません。
話を聞くと、どうやら脚を切られるような出来事を経験した過去生があったそうです。
村八分にされ、いじめられていた、という話も出てきました。
正直、かなり怖い内容でした。
聞いているだけで、背中がひやっとする感覚がありました。
でも大丈夫!もう呪いは解けているので、へっちゃらです。
呪い2「ここのつ(九つ)」
次に気になったのは、「ここのつ(九つ)」という言葉です。
多神和さんによると……
「死神なのかな。死ぬ魂を選んでいる存在なのかもしれない」らしいです。
不思議なことに、この話を聞いても嫌な感じはしませんでした。
むしろ、どこか腑に落ちるような、少し嬉しいような感覚さえありました。
というのも、私は生まれてからずっと「死」というテーマを強く意識して生きてきたからです。
死んだらどうなるのか、魂はどこへ行くのか。
物心着く前、母親がどこか遠くへ行ってしまう夢を見て大泣きして目が覚めた日のことをよく覚えています。
だから、私にとっては大切な人との別れを意味する言葉です。命の終わりに強く惹かれてきましたが、決して死にたいわけではありません。
自分の魂のテーマとして、最初から「死」があったのかもしれない。
そう考えると、この言葉は妙にしっくりきました。
自分が幼い頃から抱いていた「死」に対して、前のような恐怖感は無くなり、
表現のテーマとして考え直すキッカケになりました。
呪い3「西潟村」
そして、最も印象に残ったのが「西潟村」という言葉でした。私の母は新潟県生まれなので、「潟」と付くし新潟の地名なのでは?と。
気になって調べてみると、西潟村は実在した地名でした。
ただし、今はもう無くなってしまった村の名前だったのです。
さらに調べていくうちに、思わず声が出ました。
その村は、私の母の出身地である新潟県三条市に、かつて存在していたのです!!
このことを多神和さんに伝えて、改めて観てもらうと、
どうやら過去生のどこかで、私はこの西潟村にいたらしい、という話になりました。
重ねて書きますが、解呪で出てくる言葉について、多神和さん自身はその意味や由来を知りません。解呪を受けた人から、このような不思議な話をされて多神和さん自身も驚くのだそう。
コトバンクによると、西潟村は現在の新潟県三条市西潟にあたり、
五十嵐川の旧河道沿いの微高地に、中世後期から近世初期にかけて成立した村とされています。
近世には三条藩領に属し、村としての名前はすでに歴史の中に残るものとなっています。
新潟の祖父母の家には、幼い頃によく遊びに行っていました。
東京で生まれ育った私にとって新潟は、どこか「故郷」と呼びたくなる場所でした。
それは単に、母の出身地で、幼少期に何度も訪れていたからだと思っていました。
けれど、解呪を通してこの話を聞いたとき、
自分が無意識に感じていた懐かしさは、過去の魂の記憶だったのかもしれない、と思えてきました。
その過去生では、悲しい出来事があったそうです。
それでも、私の中に残っていた温度や匂いのような感覚は、
確かにこの土地と、どこかでつながっていたのかもしれません。
思い出したこと
この記事を書きながら、ひとつ思い出したことがあります。
ずいぶん前のことですが、私は母に、
「新潟の祖父母の墓参りに行きたい」と言ったことがありました。
新幹線代が高く、なかなか墓参りに行けていなかったのですが、
それでも私は、たとえ一人でも行きたいと思っていたのです。
そのとき母から返ってきたのは、
「小さな村だから、娘とはいえ、よそ者が挨拶もせずに行くのはダメだ」
「そこは、あなたの故郷ではない」
という言葉でした。
私はその言葉に、とてもショックを受けました。
時間をかけて、ほどけていったもの
2024年9月、私は1人で新潟県三条市へ旅行へ行き、弥彦神社を訪れました。私が生まれてすぐ、両親と共に参拝したのだそうです。そんなこと記憶にも無いのに、ここに住みたいと思うほど、懐かしくて、大好きでたまらない場所でした。
やはり私にとってこの場所は特別で、縁があると感じました。
そして2024年11月、母と叔母(母の姉)と一緒に、再び新潟へ祖父母の墓参りに行きました。
今思い返すと、あのとき母に言われた言葉は、
いつしか私の中で「呪い」のようになっていたのかもしれません。
けれど、解呪を受けたあと、
母から同じ言葉を聞くことはありませんでした。
今では、私が母の故郷を大切に思う気持ちを、母も受け取ってくれているように感じます。
気づけば私は、母と新潟とを、静かにつなぐ役割を担っていたのかもしれません。
実感はなくても、意味はあるのかもしれない
解呪を受けたからといって、劇的な変化が起きるわけではありません。
正直なところ、どんな効果があるのかは、受けた段階では分かりませんでした。
けれど、気が付いたら絡まった糸が解けているような、それが私の解呪体験でした。
多神和さんの話では、
解呪の効果は、何かの場面でふと発揮されているものなのだそうです。
気づかないうちに、選択が少し変わっていたり、
以前なら立ち止まっていた場面で、自然と前に進めていたり……。
そういう形で現れるのだそう。
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