みなさまこんにちは!突然ですが、こんなやりとり、心当たりありませんか。
「どこ行く?」
「どこでもいいよ〜」
で、
「じゃあ〇〇行こ」
「え〜!そこは嫌」
……ってなる、あの展開。
あれ、やさしさなんかではないですし、ただの気まぐれでも、優柔不断でもありません。
もっとシンプルに言うと、想像してないだけです。しかもわりと、相手を思いやっていない。
あ、ご挨拶遅れました。新年早々、毒を吐いてるかと思いきや、気づきがあったので共有したいだけの多神和です。どうもどうも。
ちょっとあとからの前書き
この文章を書こうと思ったきっかけは、わたくし自身の作品のことでした。
ある日、「自分の作品って、誰に売れたいんだろう?」って、ふと考えたんです。
正直に言うと、最初に浮かんだのは「買ってくれるなら、誰でもいいや」という気持ち。
ありがたいし、うれしいし、文句なんてあるわけない。
……ほんとに?
そうやって考えていくうちに、だんだん違和感が出てきました。
誰でもいい、って言葉は一見ひらけているようで、実は何も想像していない状態なんじゃないか、と。
どんな人が
どんな気持ちで
どんなタイミングで
この作品を手に取るのか。
そこを思い浮かべないまま「誰でもいい」と言うのは、どこかで責任を放棄している感じがした。
そこから、あの会話を思い出したんです。
「どこ行く?」
「どこでもいいよ〜」
から始まる、あのやつ。
「なんでもいい」は中立じゃない
本当に「なんでもいい」なら、どこに連れて行かれても成立するはずです。
山でも海でも、ラーメンでもカフェでも、知らない路地裏でも。
でも現実はどうでしょう。
「そこは嫌」
「それはちょっと」
「思ってたのと違う」
つまり、
・好きは言わない
・希望も出さない
・でもNGだけはしっかり主張する
これ、自由でも謙虚でもありません。
判断の放棄です。
想像していない人ほど、決定を他人に投げる
行き先を決めるって、意外と高度な作業です。
自分と相手の好み、時間、距離、気分、今の流れ、その他もろもろ……
それらを一瞬で想像して、「じゃあ、ここどう?」と差し出す。
「なんでもいい」は、その想像プロセスを最初から放棄しています。
でも、決定権だけは手放さない。
結果が気に入らなかったときは、しっかり評価に参加する。
創造には関わらないけど、ジャッジだけはする。
これ、かなり都合のいい立ち位置です。
創造への参加と、不参加
創造って、何かを生み出すことだけじゃありません。
「こうなったらどうなるか」を先に引き受けること。
場がどう動くか、関係がどう転ぶか、失敗する可能性も含めて、想像の中で一度、背負ってみること。
「なんでもいい」は、その作業をしないまま、結果の席だけに座ろうとする態度です。
それは遠慮でも、謙虚でもなく、創造への不参加。
だからわたくしは、これを怠慢だと思っています。
創造しない人ほど、あとから文句を言う
これは外食の話だけじゃありません。仕事でも、企画でも、人生でも、よく見かけます。
「特に希望はありません」
「お任せします」
「なんでも大丈夫です」
そのあとに来るのが、
「思ってたのと違う」
「そういうつもりじゃなかった」
でもそれ、違ったんじゃない。最初から何も考えてなかっただけ。
考えていない人は、失敗の原因を外に置きがちです。
新年の目標を立てない、という選択
年が変わると、よく聞く言葉があります。
「目標とか、別に立てなくていいかな」
「流れに任せたい」
「なんでもいいんだよね」
それ自体は、悪くありません。無理に数字を掲げなくてもいいし、去年の続きでもいい。
でも、ここでも同じことが起きます。
・やりたいことは言語化しない
・方向性も示さない
・でも「この一年、なんか違ったな」とは言う
それは目標を立てなかったんじゃない。想像しなかっただけです。
決めない一年は、もう選択されている
目標を立てない、というのも選択です。ただしそれは、「去年と同じ延長でいく」「環境と他人に委ねる」という選択。
それ自体が悪いわけじゃない。でもその場合、年末にこう言う資格は、正直ありません。
「思ってた一年と違った」
それは違ったんじゃない。最初から何も思っていなかっただけ。
追伸(あるいは、あとがき)
……と、こないだ年末のエネル原人の収録で「来年はこうしたい!みたいなものはありません」って言ったわたくしが、この記事を書いています。
矛盾してるようで、実はそうでもありません。
わたくしの場合、「なんでもいい」ではなく、かみさまに全乗っかり。多神和の動きは、わたくしが決めるというより、かみさまに委ねていて。
わたくしは、それがどう展開していくのかを横で見学しているだけ、みたいな感覚です。
考えていないわけじゃない。放り投げているわけでもない。「誰が舵を持っているか」を最初から決めているだけ。
委ねると決めたなら、起きること全部を引き受ける。
それもまた、選択のひとつだと思っています。
というわけで、考えたり、委ねたり、ときどき迷子になったりしながら。
あなたの一年が、ちゃんとあなたのものになりますように。
















