引退じゃないんです
43歳からスノボを始めた。こないだ50歳になったので、ちょうどスノボ歴6年が過ぎた。
小学生だったら、卒業する年数。
スノボジャンキーのみなさまにおかれましてはいかがお過ごしでしょうか。リフト代、高くて嫌になりますか?それともシーズン券だからへっちゃらですか?
わたくし、描かない絵描き、滑らないスノーボーダー、多神和です。どうもどうも。
タイトルに書いたとおり、わたくしスノボを卒業します。
引退じゃなくて、卒業

引退、という言葉はしっくりこなかった。
もうできないから、とか衰えたから、とか終わったから、みたいな匂いがする。
でも、そうじゃない。
スノボは今も好きだし、雪山を見ると身体は反応するし、エッジが噛む感触も、ターンに入る瞬間の静けさも、ちゃんと覚えている。
車で道を走っていても、頭の中ではもう滑っている。
このカーブ、ここで切り替えて、次はあのラインでターンするな、とか。
板は履いていないのに、脳内では、今も雪の上を走っている。
できなくなったからやめるわけじゃない。嫌いになったからでもない。
「この時間は、ここまででいいな」そう思えた。
だから、卒業にしたの。
怖さは、なかった

スノボやってるよっていうと「怖くないの?」みたいに言われがちだけど、わたくしの場合、それはなかった。
というか、考えるより先に身体が動くほどの体力なんて、最初からないから。
だから、とにかく、とにかく、考えちぎっていた。
出来なさそうだな、と思った瞬間、頭の中は「じゃあ、どうすれば出来るようになるか」それだけでフル回転する。
やりたい動きを、そのままいきなり身体で再現しようとはしない。
そこを動かしたいなら、結果としてそこが動くためには、どこをどう動かせばいいのか。
身体の一部じゃなく、全部がつながっている構造として考える。
分解して、組み立てて、雪の上に持っていく。
怖さを感じる暇なんて、なかった。
はるじと、何度もケンカした

もちろん、「怖さ」がなかったのははるじが教えてくれてたから、っていうのもあるかもしれない。そんなふうにいうとちょっと美しい師弟関係にも聞こえるけど、何度もケンカになった。
「こうしろって言うけど、それってこうしないと、そうならないじゃん!」って話で。
何度も何度も試行錯誤してやっとたどり着いて「それってこういうこと?」って聞いたらはるじが驚く。
「そこに気づくの、プロだよ。しかも、プロでも気づかない人、いっぱいいる」
そんなふうに褒めてくれてても「なんで最初にそこ言ってくれなかったの!」って、わたくしは本気で怒っていた。
共有してくれなかった、というより、わたくしが勝手に先に辿り着いてしまっていた、が近い。
体力がない分、一回の滑りを無駄にしたくなくて、身体を動かす前に、頭の中で構造を組み立てていた。
身体は全部つながっている。一箇所を変えたいなら、別の箇所を動かす。
それがわかっていないと、そこまで考えられない。
前提が切り替わった日

あるとき、はるじが言った。
「初心者だと思って教えてたから」
……なるほど、そりゃ噛み合わないわけだ。
何度か同じやりとりをしたあと、はるじがぽつっと言った。
「もう、みわを初心者だと思って教えるのやめるわ」
そこから教え方が変わった。
骨盤の位置。母指球の使い方。エッジに乗るときの足指の意識。手の指をどう使うか、どこで力を抜くか。
「こうしてみよう」じゃなくて、身体の内部構造の話になった。
たぶんあれは、教え方が変わったんじゃなくて、はるじの前提が切り替わった瞬間だった。
1秒でも早く、近づきたかった

わたくしははるじの滑りに、1秒でも早く近づきたかった。
だから、「それ知ってたなら最初に教えてよ!」って怒っていた。
今思うと、そんなことで本気で怒るとか、ちょっとおもしろい。
でも当時は、それくらい必死だった。
技術が欲しかったんじゃない。はるじと同じ景色を見たかった。感じたかった。同じ線で、雪の上を走りたかった。
はるじの世界を、一刻も早く、自分の身体に通したかった。
あんなに一生懸命おこってたこと、今なら笑えるけど、あれはわたくしなりの愛し方だったんだよなって思う。
43歳からの異常成長期

最初のシーズンは、40回近く滑りに行った。
今思うと、ちょっと異常だと思う。自分でもびっくりするくらい、滑れるようになった。
2年目は回数こそ減ったけど、感覚はどんどん研ぎ澄まされていった。
「はるじに近づいてる」
そう感じられる瞬間が、確かにあった。
技術を真似している、というより、雪との付き合い方、身体の預け方、言葉にならない部分が重なっていく感じ。
わたくしには滑ってる人の「軸」が見えて、その軸が地球の奥深くまで刺さってる人の滑りはとても安定してるし、ふわっとしたらこけるから、それを見てたら転けるのも予見できちゃう。
はるじの軸はびっくりするほど地球の奥深くと繋がってた。
はるじの滑りの美しさの理由はそこにあったし、わたくしもそこを目指していた。
卒業する理由

スノボを卒業する理由は、体力でも、年齢でも、環境でもない。
もう、終わっていたから。
はるじの滑りに近づこうとして、考えちぎって、ぶつかって、前提が切り替わって、身体の中に通った。
やりたかったことは、全部やった。
これ以上続けると、「探していた時間」をなぞるだけになる気がした。
惰性で続けるには、スノボは好きすぎた。
だから、終わらせた。
だから、卒業にした。
はるじは、スノボじゃない

はるじは、スノボじゃない。スノボは、はるじの一部だっただけ。
板に乗らなくても、雪山にいなくても、はるじの感覚は、もう身体に入っている。
継承は、もう終わっている。失われるものは、何もない。
だから、卒業できた。
また滑る日が来るかもしれないし、来ないかもしれない

卒業って、二度とやらない宣言じゃない。
また滑りたくなったら、滑ればいい。滑らなくても、何も失わない。
スノボは、人生の一章として、十分すぎるほど濃かった。
ありがとうスノボ。
ありがとう雪山。
ありがとう、あの6年間。
次は、別の景色を見にいく。




















