朏旅行記 第一葉 2023/05/04 Aki Kikuti
「天才写真家」菊池あきが自作カメラオブスクラ「朏(みかづき)」を手にふらふらしたエッセーシリーズ、「朏旅行記」。第一回は富山県砺波市からお送りする。
春風とともに
2023年4月30日。天気は晴れ。いつもかも暗雲たれこめるこの富山でも、春にはのどかな青空の日が続くこともある。少し汗ばむほどの陽気の中、作りかけのカメラオブスクラを手に、ぼくは砺波の街をぶらついていた。日差しに編み込まれたように吹く春風が心地よい。
今日はグループ展「アート・イン・かいにょ苑」の最終日。ぼくは今年初めてこの展示に参加させてもらって、メイン会場のかいにょ苑からみかん堂での展示へ向かっているところだ。展示の終了時刻を目前にして、今回はどれくらいやれただろうか、どうしたら売れるかななどとぼんやり考えながら歩いていた。
刹那の気付き
目の前には街路樹。砺波市の商店街はきれいに整理されていて、道沿いには紅白のハナミズキがみごとに咲いている。その葉はたっぷりと光を浴びて、この季節特有のかなり黄がかった明るい緑だ。そぞろ歩きつつ手許に視線を落とせば、朏のスクリーンにも小さな新緑がうつっている。やはり日光の差すときは、はっとするほど画が鮮やかだ。そして電柱の黄色が、のぼり旗の赤が、空のふわっとした青が、スクリーン上に光の絵筆で描き出されている。カメラオブスクラを通し見る世界というのは、どうしてこうきらきらしているのだろう。肉眼で見るよりも彩度が高い気すらする。
暗箱大作戦
掌に包んでカメラを眺めていると、まるで世界のミニチュアが入っているような気分になってくる。無限に広がる外界とは違い、フレームに区切られたドールハウスのような世界。けれどもリアルタイムに更新され、カメラを動かせば移り行く奥行きをもった世界。この掌の中には、自分だけの小さな宇宙があるようだ。誰にも知られず、神の視座をもつ。目の前の事物を、他人を、ひそかに所有する。そんなスリリングな悦びが、ここにはある。
カメラオブスクラという小さなからくり箱で、世界を所有する。誰にも知られず、この世を独り占めする、そんな悪だくみめいた喜びがここにはあるのかも知れない。ディレッタントの気分で、富山の街を歩く。
The world is mineとひくく呟けばはるけき空は迫りぬ吾に(黒瀬珂瀾『黒耀宮』)