こんにちは、現代アート小説家ヒロオです。現代アートの作品にふれることで、浮かび上がって来る小説(短編)を書いています。
今回の掲載は、冨田実布さん作「LIFE」です。ぜひ、ご覧ください。
「LIFE」

「枯れたコスモスは、咲くことがあるの?」、男の子は聞いた。
「太陽が、反対に回ったらね」、少女は答えた。
「どうすれば、太陽が反対に回るの?」、男の子は聞いた。
「かんたんよ」
少女は、男の子の手を握った。
―――空の上を見て――
「ずっとずっと遠くに、私たちが知ることができない遠い世界があるの。その世界では、太陽が反対に回っている」
「もしかしたら、そこで暮らしている人たちは、太陽のことを太陽とは呼んでいないかもしれない。いのち、とか、そういう名前で呼んでいるのかもしれないよ」
少女はそれから、ちょっと考えていた。
考えているというよりも、遠い世界からのメッセージを待っているみたいだった。
「遠い世界では、きのう枯れていたコスモスが今日になって咲いて、そのうちに小さな芽となって、土の中で一粒の種に変わるのよ」
「ぼくたちの生き方とは、反対ということ?」
「そうミツバチだったら、自分の巣に溜まっている甘い蜜を、せっせ、せっせと、逆にコスモスに分けてあげるのよ」
「素敵な世界だね」
「そう、こっちの世界も、遠い世界も、どっちだって素敵なのよ」、少女は言った。
*
少女は、ミツバチを追いかけた。
ミツバチは、花から花へと渡り歩いて、そのうちに野原を離れて、知らない町に入り込んだ。
ミツバチは、道端に咲いている名もない花に止まって、いつまでも遊んでいた。
ふと、思い出したように飛び立って、窓から部屋に飛び込んだ。
少女は、部屋に入った。
コスモスの写真が飾られていた。
生きたコスモスと、枯れかけのコスモスが、となり合わせになっていた。
少女は、ふたつのコスモスを同時に見つめているうちに動けなくなった。
コスモスを取り囲んだ時間は、前に進むこともなく、逆回りをすることもなく止まっていた。
となり合わせのコスモスは、無音の空間の中で、ただ、いのちとして咲いていた。