僕らは気づけば「佐野元春が人生のサウンドトラック」だった
1969年前後(1968~1970年)に生まれた「僕ら世代」(=このコラムに共感を感じてくれる世代)は、1980年代に青春期を迎えました。社会も文化も大きく揺れ動き、未来はまだ遠く、けれど確かな光を放っていました。そんな時代に届いた佐野元春の歌声は、私たちの代弁者であり、心の居場所を示す灯火でもありました。彼の音楽には、年齢を重ねても消えることのない「イノセンス」が息づいています。私たちはその光に導かれながら、「大人の階段」を一段ずつ昇るように時代を歩んできました。
佐野元春が提示するイノセンス
佐野元春が作品を通して示してきた「イノセンス」とは、単なる若さの象徴ではありません。
それは、
経験を重ねても曇らない、心の核にある透明な感受性。
傷つきながらも、なお未来へ歩もうとする姿勢。
世界を新しいまま受けとり、自分の声を信じる勇気。
都市の雑踏の中でふと立ち止まり、胸の奥に静かに灯る光に気づくような瞬間。
このイノセンスは、時代の移り変わりとともに姿を変えながらも、私たちの歩みと呼応し、光を灯し続けてきました。
その光は都市の雑踏の中でふと立ち止まったとき、静かに進む先を照らしていたのです。それこそが「人生のサウンドトラック」なのです
年代で辿るイノセンス
1980年代、私たちは佐野元春の音楽とともに青春の扉を開きました。『Back to the Street』『Heart Beat』『SOMEDAY』は、都会の孤独や仲間の輝きを映し出し進むべき方向を示してくれました。『VISITORS』の洗練されたサウンドは日本のヒップホップの元祖とも言われる画期的な楽曲作りに衝撃を受け、その影響で僕は92年にニューヨークに渡ります
そして、1989年『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』の「約束の橋」で繰り返されるこのフレーズ
今までの君は間違いじゃない
君のためなら七色の橋を作り河を渡ろう 「約束の橋」
その言葉は当時の僕に、大きな勇気を与えてくれました。
1990年代、社会に踏み出した私たちに、『Time Out!』『Sweet 16』『The Circle』は内省と成熟を促しました。「誰かここに来て 救い出してほしい」という言葉に大人としての孤独と救いを見ました。
1997年以降、インターネットが広がり始め、生活や価値観が大きく変わり始めたこの時期、変わり始めた価値観に左右される時代に、佐野元春のアルバムは変わらず心をつなぎ止める役目を果たしました。『FRUITS』『THE BARN』『Stones and Eggs』が示した多彩な音の変化は、激動の時代をどう生きるかを問いかけられているようでした。
2000年代、デビュー20周年を迎えた佐野元春の「イノセント」は、過去と現在が重なる時間を与えてくれました。家族や同僚、旧友とのつながりが新しい形を取り始め、音楽は世代を越える場を作っていきました。
2010年代、セルフカバーや再演を通して、彼は過去の曲を成熟した視点で再定義しました。私たちもまた、螺旋階段の一段上から過去を見つめるように、自分の人生を振り返る時期を迎えました。
2011年 初のセルフカバーアルバム『月と専制君主』佐野元春55歳の作品
少年期に聴いた「悲しきレイディオ」、当時人生に迷っていた際に聴いた「Sweet 16」、大人になって聴くセルフカバーの響き。積み重ねた時間そのものが、私たちの内側で静かに光り続けています。
2025年 ― アバターとしての「ハヤブサ・ジェット」
2025年12月10日、彼のもう一つの人格でもある「ハヤブサ・ジェット」第2弾が発売。第1弾は単なるセルフカバーではなく「2025年の佐野元春」としての再定義でした。
2026年2月、佐野元春70歳。今までの過去を懐かしむのではなく、自分の過去を壊し、いまを再定義し、未来に更新し続ける。そのためにアバター=“ハヤブサ・ジェット”が必要だったのでしょう。
「“ハヤブサ・ジェット” はデヴィッド・ボウイのジギー・スターダストやジョン・レノンのウィンストン・オーブギーのような存在、僕のアバターだよ」*MOTO45th特別サイトより。
私たちの世代もまた、自身をアップデートするために“アバター” “別名”を持つことが求められているのだと思います。
それは過去を捨てるのではなく、より自由に、より自分らしく生きるための、新しいイノセンスの形なのです。
佐野元春と僕らの時代というプレイリストで今日も1歩1歩進む
立ち止まってアレコレと考える時間も必要だけど、このプレイリストを聴いてみてほしい、そして螺旋階段を登って、少しづつ高い場所からかつて見ていた場所を見てみてほしい。
きっとそこにはあたらしい世界が見える。あたらしい世界が見えなかったら、別名義(アバター)で別の螺旋階段を登ってみてほしい。


















