湯川真紀子のコトワザ・ジャイアント
お笑い芸人、湯川真紀子が諺や慣用句など、こすられまくった喩え言葉についてニヤニヤしながら書いています。
「泥縄式」
むかしむかし、あるところに、たいへん心の優しいおじいさんとおばあさんが住んでおりました。
ある日の夜、イワシの塩焼きと青菜のおひたしという夕飯を二人で食べておりました。
すると、なにやら玄関の方から物音がするではありませんか。
「おかしいな。今日は罠にかかった鶴を助けていないのに。」
「もしかして、お地蔵様に傘をかぶせたりは…?」
「しておらん。」
「子供にいじめられた亀を?」
「助けていない」
「ここほれ?」
「ワンワン」
不審に思ったおじいさんは、玄関の戸を開けました。
すると、そこに立っていたのは、髪の毛はぼさぼさ、ひげがモジャモジャ、それをほっかむりでなんとか押さえつけ、からくさ模様の風呂敷を背負った全身黒づくめの大男でした。
「おやおや、こんな夜ふけにいったいどうなさったのじゃ?」
「じいさん、耳の穴かっぽじってよく聞きな。おいらは泥棒さ。泥棒が出てくるのは夜ふけと相場が決まってらぁな。そんなわけで、今晩ひと晩、泊めてもらうぜ。…おっと、おいらはこっちの部屋を使わせてもらう。ただし、いいか。けっして開けてのぞいちゃアいけねぇぜ」
そう言うと、泥棒は隣の部屋に入ってしまいました。
がらがら、ぴしゃん。
夜中に、隣の部屋からブチブチ、ブチブチ、と音が聞こえてきます。しかし、おじいさんとおばあさんは、泥棒の言いつけを守って、戸を開けて中をのぞきこむようなことはしませんでした。
そして次の日の朝。
隣の部屋からスッキリとした顔立ちのいい男が出てきました。
男は一本の縄を手にしてこう言いました。
「じいさん、これを町に持って行って売るがいい。」
おじいさんは、泥棒の髪の毛とひげで出来た縄を売って大金持ちになりましたとさ。
というわけで、たとえ泥棒が来ても親切にしてやれば、その泥棒が縄をなってくれて大金持ちになれる、というお話でした。
さて。この「泥棒が来て縄をなう」、「泥縄式」。
わたし、この言葉、大好き。
どこが好きかというと、泥棒に入られてから、その泥棒を捕まえるための縄をなう、つまり、後手後手に回っちゃっているのに、それでもなお、泥棒を捕まえようとしているじゃありませんか。しかも、縄で。
もっと、ほら、泥棒が入ってきたら、預金通帳とかがばれないようにするとか、あわれっぽさを演出するとか、いろいろあるじゃないですか。
泥棒を捕まえようとするならば、泥棒に気づかれないようにうまく暗号を使ったりして警察に電話するとか。
「あ、どうも、タヌキなんですがね。今、うたちにどたろたぼうがたきちゃってるんたですよ。・・・はい、ですから、タヌキです。はい。たーぬーきー。でね、今ね、うたちにー、うーたーちー、はい、タヌキです・・・」
みたいな。
縄をなうのは、全く得策ではない。
泥棒の方でも「へっ、全く得策ではないぜ。へっへっへ」と思うに違いない。
この間抜けっぷりが、実に愛らしいではないですか。
後手後手に回ったうえに、得策ではない。
「泥縄式」ってのは、実に愛らしい言葉だと思うのですよ。
では、お客さんが来てからウナギをさばくのはどうなのか。
はたまた、蕎麦を打つのは??
偶然にも、形状が全部似ている。
さて、冒頭で泥棒に親切にした優しいおじいさんですが、泥棒が隣の部屋にいるときにTwitterで「泥棒が来て縄をなうなう」
イラスト:ほりたみわ