最近はこんな話あまりしなくなったので知らない人も多いかと思いますが、わたくしには二人の父がおります。
一人は生みの親というか種の親、清弘。もう一人は育ての親、昭洋。
清弘はわたくしが幼い頃に家を出てしまったので、顔すら覚えておらず。
今日はそんな清弘についてお話ししたいと思います。こういうところで語るのは初。
お風呂でうんこを漏らす
それなのにうんこの話してすみません。いいから聞いて。
わたくし、大人になってからも随分お風呂に入るたびに「うんこ漏らしちゃったらどうしよう」と常に怯えておりました。今までうんこなんて漏らしたことないんですけど。
なんか湯船にうんこがぷかぷかしているビジョンまで見えちゃって。なんかやけにリアルなの。
ある日、そんな話を母美世子にしたら、「そりゃー美和(わたくし)が赤ちゃんの頃の話じゃわ」という衝撃発言が飛び出しました。
どうやら赤ちゃんの頃、わたくし湯船の中でうんこしちゃったそうで。
それが赤ちゃんの頃の記憶であることがわからず、お風呂に入るたびに無駄に怯えていたというわけ。
それがわかった途端にお風呂で怯えることはなくなったんですが……その時にお風呂に入れてくれてたのが清弘だったんですって。
清弘のことなんて、顔すら覚えてないつもりが謎にしっかりと覚えていたんですねぇ。まあ、覚えてたのは清弘っていうかうんこですけど。
清弘に愛された記憶
だけど清弘はわたくしが幼い頃に家を出て行ってしまったので、わたくし清弘には愛されたことなんてないと思っておりました。
時々帰ってきてはおもちゃをたくさん買ってきてくれていたそうで。それが清弘の愛情表現だったのか、謝罪の気持ちなのかはわかりませんが。
子供ながらに「清弘がいないことで心にぽっかり空いた穴はおもちゃじゃ埋まらん」なんて思ってました。
それゆえ、お風呂に入れてくれてたのが清弘だってことがわかったことは、清弘の愛を感じてしあわせな気持ちになることができたのでした。勝手にですけど。
清弘には会わないまま
清弘の記憶はほぼないながらも、いろいろな部分で似ている部分が多いらしいわたくし。
美世子からいろんな話を聞きながら繋がりを感じることができて嬉しかったりもしながら歳を重ねてゆきました。
「前のパパ(清弘)には美和が会いたくなったらいつでも会いに行ってええからな」
美世子は清弘の話をするたびにそんなことを言ってました。自分の本当の父親というものに会ってみたいなあとは思いつつ、会ったところで何を話せばいいのかもわからない。
そんなこと言って、本当は美世子が清弘に会いたいだけじゃないのかなと思ったりもして。
それに、その頃は新しい家族でしあわせに暮らしていたので、会いたいって言い出すのはなんとなく今の家族を否定しちゃうような気持ちにもなったりして、言い出せないまま。
亡くなっていた清弘
30も過ぎたある日。清弘が亡くなっていたことを知らせるお手紙が届きました。
お手紙は遺産の相続放棄をしてほしいという内容。しかも亡くなってから10年以上たってからの連絡でした。
それはさておき、それがきっかけで清弘が亡くなったことを知ることができたのは自分の中でも区切りがついたのでよかったなあと。
清弘に会いたいと思っても、もう会えなくなっていたのでした。
(長くなることがわかったのでつづく)