おかしのおかしな話(15)「菓子処あら木」

平野より異世界へ

知り合いの車で連れてこられた先は、田んぼの中の一軒家。そう、それは、どう見ても民家であった。

富山県砺波市は、散居村の風景で有名なところである。広大にひろがる砺波平野の中に、ぽつ、ぽつ、と民家が点在している。この漠とした光景のただなかに、菓子処あら木はある。

気を付けてみれば家の前にはコンクリート造りの四角い構造があり、そこが店舗の役割を果たしているのだが、それにしたって洒落たガレージと言われればそんな気もする。駐車スペースも一台ぶんほどだし、看板も見当たらなかった。

しかし、大きな木製の出入り口を抜けると、そこは別世界だった。安藤忠雄の建築で見るような、コンクリート剥き出しの内装。その中で一輪挿しや香炉、それからかわいらしい種々の和菓子が落ち着いた調和を見せている。

そして、その奥のカウンター席ではお茶と共にお菓子を頂けるらしい。なんというか、まるで独自の解釈を経た茶室のようである。

おもちもちもち

ここに連れてきてくれた友人は気前が良く、僕は草餅・豆大福・それに上生までご馳走になってしまった。素材の味をきちんと感じさせながらも端正にまとまった、上品な味であった。それでいながら親しみやすい味と価格でもあったのは底知れない。

中でも驚かされたのは、豆餅と草餅で、中の餡が全く違ったことである。豆餅はこし餡だが、草餅は粒餡。大粒の小豆の食感とそれぞれの風味を楽しむことができ、主張の強いよもぎの香りに負けることがない。

同じ餅でも種類に合った餡があり、それらを作り分けることでより魅力を引き出すことができるのか。やはり、その道のプロというのは違うものだ。

茶室考

ところで、先ほど僕は「茶室のようである」と店内の様子を表現したが、これはどういうことだろう?というのは、この店は畳敷でもなければ座布団も無い。あの小さな出入口も無いコンクリートの構造物なのである。いわゆる茶室の構造とはだいぶかけ離れている。

これも先にいくつか書いたが、茶室と共通する特徴もいくつかありはした。一輪挿し・香炉・それから四角いこじんまりとした、しずかな空間。確かにこれらは茶室に付き物であり、「茶室のよう」な空間を作り出すに大きな役割を果たしているのは間違いないだろう。けれども、最も重要なのはそこではないのではないか。そういう直感が僕にはある。

こんな所にお菓子やさんがあるとは思えない、はるか広がる田舎の風景。その風景も開発が進み、もう一方を向けば大型商業施設の看板が乱立している。親しくはあれど、てんでばらばらで乱雑な日常。そこから一歩中に入ると、まるで世界を違えたようなしじま。

あら木店内の様子というのは、人をもてなすために作られた、削ぎ落された端正さなのだ。このような「世界が変わった」と思わせる空気感。日常からの一種の隔離というのが、茶室とこの菓子処に共通するコンセプトなのかも知れない。知らんけど。

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