屋根の上で出会ったかみさま第1章・中編「ジャンマットの上の愛と、ゲームの蹴りと、消えていた右上——勝つたびに遠ざかっていったもの」

勝ちすぎて、近づけなかった距離

けーたと暮らしていた部屋では、いつもゲームの音が鳴っていた。
鉄拳、テトリス、マリオカート。とにかく、わたくしたちは対戦ばかりしていたの。

ふたりともゲームが好きだったし、それがふたりの時間のかたちだった。

ただ、わたくし、どうしても強かったのよね。勝って、また勝って、たまにそっと手を抜いて負けたふりをしても、それがバレた。

「手抜いただろ」

そう言われて、けーたに蹴られた。太ももを。元サッカー部の脚力で。

痛かった。冗談じゃなく、あざもできたし、歩けない日もあった。バイトに行くのがしんどかった日もあった。

だけど、その頃のわたくしは、それをDVだなんて思わなかった。なんか子供の喧嘩みたいな。

というより、「ゲームに負けただけでここまでやる?」って思ってたのよね。

ウクレレと置いてけぼりの気配

ある日、けーたがウクレレを買った。

楽しそうにひとりで弾いていて、やがて、わたくしの友人に教えるようになった。ニコニコと笑いながら。すごく楽しそうに。普段見せない顔を見たの。

その光景を見て、なんだかちょっと、寂しくなっちゃった。ああ、わたくしはこの時間にいなくてもいいんだ、って。

まあ、弦楽器が苦手だったから一緒にやろうとは思わなかったけど。

いま思えば、あのときすでに少しずつ、ふたりのリズムはずれていたのかもしれないし、なんかあのけーたの笑顔にちょっとした浮気心みたいなものを垣間見た気もした。

洗濯機と結婚と、コインランドリーの風景

同棲していた頃、わたくしたちには洗濯機がなかった。だからいつもコインランドリーに通っていた。

雨の日も、晴れの日も、大きなカゴに洗濯物を詰めてふたりで出かけていたの。

あるとき、けーたが言った。

「結婚したら、洗濯機もらえるらしいよ」

それで、結婚したんだよね。

まるで、洗濯機のボタンを押すみたいに、簡単に決まった。
そんな理由で?って思う人もいるかもしれないけど、当時のわたくしたちは真剣だった。

二人で行くコインランドリーは楽しかったけど、正直しんどい時もあったし、往復の時間でもっとやれることあるじゃんって思ってたの。

でも、結婚して洗濯機が届いてからふとあの頃を思い出すと、コインランドリーの時間のほうがなんだかキラキラしてた気がする。そういうもんよね。

クリシュナという名前の、知らないかみさま

大学へ行く時だったか、大学からの帰りだったかも覚えてないけど、小田急線とJR町田駅の連絡通路で床に並べられた本を見つけた。

そこにいたのは、ISCONの人だった。当時はその名前すら知らなかったけど。

青い肌のかみさまが表紙のその本は「クリシュナ」と書かれていて、高校の頃、インドの神さまに夢中だった友達が見せてくれたかみさまたちを思い出した。

「そのかみさま見たことある!」って、なんだか懐かしい気持ちになったのを覚えてる。

思わずその人と話が弾んじゃって、その人は「クリシュナ」の本を3冊もくれた。1巻、2巻、3巻ね。

わたくしは、なんだかすごく嬉しくなってその本を夢中で読んだの。そしたらあのビートルズも夢中になってたみたいな話が書かれてて、ビートルズ大好きだったわたくしはますます夢中で読んだ。

どっこい、内容はぜんぜんわからなかったけどね。

だって、知らない単語がいっぱい出てくるし、あの頃は今みたいにあれこれ調べるのが簡単でもなかったから。ちっともわからないまま読み進めてた。

それでも、なんだか夢中で、大学のレポートにも書いた。

本の内容をなぞりながら、何かを手繰り寄せようとしていたのかもしれない。こんなレポートどうやって採点したんだろ。

不思議なのは、そのときのけーたの記憶が、すっぽり抜けてること。どこにいたのか、何をしていたのか、まるで思い出せない。

存在していたはずなのに、すうっと消えていった誰かみたいに、その場面だけ、空白になってるんだよね。

かみさま(クリシュナ)がそこにいたから?

次は、けーたと「最後にわたくしが見たもの」の話

たしか、ジャンマットの上じゃなくて、プリントごっこのインクの匂いのなかだった気がする。

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ABOUT US
多神和(たみわ・旧ほりたみわ)
「多神和」と書いて、たみわ。 一人であり、たくさんであり、かみさまたちの和を映す存在。 イラスト・漫画・張子・熊手・Reboot™・神ノ貌など、“祈り”と“観察”をもとに表現を続ける多層的クリエイター。 かみさまや犬、無機物とも会話しながら、目に見えないものを形にしている。 Reboot™では、自責の迷路から抜け出すナビゲーター。 「かわいさ×ヤバさ×祈り×爆発×余白」の世界観を軸に活動中。