丈晴と暮らしはじめて、どれくらい経った頃だったかな。
最初は丈晴と同じ職場(パチンコ店)だったけど、わたくしの派遣の仕事が決まって、二人の生活のリズムが少しずつずれていった。それでも、帰ってくると丈晴はいつも「おかえり」って迎えてくれた。
会えないタイミングの時は交換日記を書いたりもして。
みーやん(わたくしの別人格)が出てる日は、ななのおみせ(セブンイレブン)に連れて行って「たまも(ゆで卵)」を買ってくれて。わたくしも、そんな丈晴が、ほんとうに好きだった。
けれどある日、借金のことを打ち明けられた。
当時150万円という金額は、二人の暮らしにヒビが入るほどの出来事だった。
でも丈晴を責める気持ちは1ミリもなかった。
それよりも、「どうしたら返せるか」「わたくしにできることはなにか」ばかり考えてた。
だって丈晴は、わたくしにたくさんたくさん、愛をくれていたから。
わたくしが返すから、待ってて
バニーガールの仕事を始めたのは、その少しあと。
求人情報誌のフロムエーで、六本木のお店を見つけて、面接に行って、バニーの格好でお酒を出して、笑って、稼ぎはじめた。丈晴にもバニーを始めることは話していた。
過去にリクルートの代理店でデザインの仕事をしていた時、フロムエーの原稿も作ったりしてたっけ。まさかそんなフロムエーを読んでバニーのお仕事を始めるようになるとは。変なご縁。
衣装を買って、ようやく着こなせるようになった頃。
その頃だったと思う。メケヤマさんが店に来たのは。
俺が払うから、うちに来いよ
最初はただのお客さんだった。上司と一緒に3人で来てたわいもない話をしてた。3人仲良しでスキーに行ったりもするとか。
メケヤマさんは酔っ払ったらメガネを外す変な男だった。イケメン、ではない。イケメン風。メガネを外すとそのイケメン風が際立ってどっちかというと「いけすかない」タイプの人間だった。
だけどその日、コースターの裏に描いた「おっぱいブラザーズ」のイラストが気に入られて、それから仲良くしてもらうように。
そして同伴もしてくれるようになって、いろいろ話すうちに、丈晴のことや借金のこと、
自分が今後どうなっていきたいか、そんな話までするようになった。
丈晴の借金の話をした時、ふむふむと聞きながら少しの沈黙の後、メケヤマさんは言った。
「その借金、俺が払うから、うちに来いよ。」
その言葉を聞いた瞬間、わたくしの中に二つの声が響いた。
ひとつは、「丈晴を裏切りたくない」という声。
もうひとつは、「これで全部返せる」という現実的な声。
結局、わたくしは、メケヤマさんに借金を払ってもらって、その家に行った。
だけど、戻るつもりだった。
メケヤマさんには申し訳ないけど、一時的に借りて、一時的に一緒に住んで、その借金分をメケヤマさんに返したら、丈晴のところに戻るつもりだったの。もちろんメケヤマさんにはそんなことは言わず。
そして丈晴のところに戻ってまた一緒に暮らすつもりだった。
でも、そうはならなかった。
メケヤマさんとの日々のなかで
メケヤマさんとの暮らしには、不思議なシンクロが多くて、どこか惹かれていた部分もあった。
たとえば、観たかったのに観ないで終わっちゃって忘れてた映画、「アイ・アム・サム」のサントラを持っていたり、大学のときに買いたくても買えなかたワーズワードという図鑑をなぜか持っていたり。ビートルズが好きだという共通点も、わたくしを揺らした。
でも、やっぱり心のどこかは、丈晴の方を向いていた。
ふとした瞬間に丈晴のことを思い出すけれど、自分自身の生活は激変するわけなもく、できるだけ早く戻るつもりだったのに、時間ばかりが過ぎていった。
嫌な予感と、救急車
丈晴のことが、ふと気になってたまらなくなったある日。胸の奥がざわざわして、「これは何かある」と思ったのです。
ドキドキしながら電話をかけても出ない。何度かけても出ない。
それまでは電話には出てくれていたので、仕事の休憩時間には丈晴に電話して日々のことを話したり、丈晴のところに戻るから待っててねと言い続けていました。
それなのにその日に限っては何度かけても出ないので、いやな予感しかしませんでした。
思わずわたくしは、丈晴の家に救急車を呼びました。事情と住所を伝え、救急隊の方に向かってもらい、その場で電話を待ちました。
しばらくして、救急隊の方から電話がかかってきました。
「ご本人、ほとんど動けない状態ですが、救急車に乗るのを嫌がっておられます。代わりに説得していただけますか?」
血の気が引くってこういうことを言うのかと思うほどに、全身になんともいえないぞわぞわが巡っていった。いやな予感が的中してしまった。
お願いだから救急車に乗ってというわたくしの声で、丈晴はようやく救急車に乗ってくれた様子。
点滴の横で、さよならを決めた
新百合ヶ丘の病院。点滴を受けながら横たわる丈晴を見て、何かがはっきりわかった気がしました。
このまま一緒にいたら、丈晴が丈晴じゃなくなる。
丈晴の牙を折ってしまったかもしれない、一緒にいないほうが丈晴の野生が戻るかもしれない、愛してる、だから、一緒にいないことを選ぶね。
一緒に住んでいた家に戻って、その手紙を置いてきた。
それ以来、丈晴には会っていない。どこで何してるのかなって時々思い出す。
マゴイチは鳩になった
今でもペットショップでハムスターを見るとマゴイチのことを思い出す。
わたくしたちが一緒に飼っていた、ジャンガリアンハムスター。グレーの、ちいさな、くるくるした目の、愛しいマゴイチ。
動物のいる生活がしたくて、自分で飼えるサイズとしてお迎えした命。丈晴とふたり、ワンルームの暮らしで、ケージを掃除したり、ごはんをあげたりしていた。
けーたと一緒にいた間の荷物はまだけーたの家に置いていたから、ワンルームでも大丈夫だった。むしろワンルームだったからいつも一緒にいられた。
メケヤマさんと暮らす時、マゴイチまで連れて行ったら丈晴がさみしくなるからと置いてきたマゴイチ。
久しぶりに丈晴の家を訪れたとき、マゴイチはいなかった。
「マゴイチどうしたの?」と聞いたら、丈晴はこう言った。
「マゴイチは、鳩になったよ」
ケージも、えさも、なにもなかった。本当にどこかへやってしまったのかもしれないし、もう限界だったのかもしれない。
でも、「鳩になった」って言葉は、いつもトイレのドアに貼ったカレンダーの裏紙にいろんな詩を書き連ねていた丈晴らしいなって思った。
愛することと、愛されること
丈晴はわたくしに「愛」を教えてくれた人でした。
愛してくれたから愛することができた。いっぱいありがとう。愛してる。