1. デザフェスとプリントごっこ
けーたとわたくしの間には、「つくる」ことの喜びがいつもあった。けーたの絵はとにかく斬新で、どこか人を惹きつける線をしていた。
写真なんかやらずにもっと描けばいいのに。って思うほどに。
「これ、グッズにしたら絶対いい」
そう思って、当時はまだ珍しかったオリジナルグッズをたくさん作った。プリントごっこで刷ったり、アイロンプリントでTシャツを作ったり。今ではすっかり誰でも作っているレジンの指輪なんかも当時はUVのマシンがないから太陽光でのんびりのんびり固めて作ったり。せっせと作ったグッズでデザフェスにも出展した。
けど、売れなかった。清々しいほどに売れなかった。
でも、売れたかどうかなんてどうでもよかったんだよね。自分の絵や、けーたの絵が「モノ」になること。それを並べて眺めるだけで、未来に少し触れた気がしていた。
あの時間があったから、わたくしはいまでも「つくる」をやめないでいられる。
2. 耳が動くふたり
ある日、けーたは何気なく耳をぴくりと動かして見せた。
「どうやんのそれ!」って笑いながら聞いたら、コツを教えてくれた。
毎日ふざけながら練習して、ついに動くようになった。
それからは、「耳動かせる夫婦」っていう、誇らしいのかどうかすらわからない秘密を共有した。
ほんとにどうでもいいけど、あの頃はそれがちょっと誇らしかったの。
3. 暴力と限界
でも、笑える思い出ばかりじゃなかった。
ゲームで勝ちすぎて蹴られた夜。怒らせるお前が悪いって言われながら耐える日々。
勝ち負けよりも、けーたの機嫌を気にして立ち回る自分。あざになった足で、ふらふらとバイトへ行った。
それが「愛」なんだって思い込んでいたのは、きっとわたくしだけだった。
ほんとうはそう思いたかっただけなのかもしれないけど。
4. N川とちぃろと、浮気の影
ある晩、わたくしの友人N川が泊まりに来て、三人で川の字で眠った。
わたくしを越えて、けーたはN川に手を伸ばした。
その夜に初めて「のっしー」が現れたんだと思う。
いわゆる多重人格。のっしーが表に出たのはその日が初めてだったみたいだけど、もうずっといたらしい。なんでそんなことになってるのかは今はさておき。
そんなことをけーたから聞いて、そこからは多重人格としての人生が始まったの。
それが原因とも思えないけど、妹のちぃろへは、メールで「もしほりたみわと結婚してなかったら……」なんて言葉を送っていた。
とにかくけーたは浮気性だった気がする。そうさせてしまう自分がいたんだろうけれど。
発覚したときの、胸の奥のざらつきを、今でも少し覚えている。
わたくしはその頃、よくイイノに相談していた。
どうにもならないことを、どうにかしたくて。
5. 別れと親友のまなざし
けーたへの愛情が消えたわけじゃなかった。
でも、浮気と暴力に疲れてしまったわたくしは、家を出ることに。
それからしばらくして、離婚届にふたりで名前を書いた。
お互い、結婚したままでもよかったけど、当時のけーたの彼女が離婚して欲しがったとかで。
じゃあ離婚しよっか。って。そして証人欄には、それぞれがすでに出会っていた「次の人」の名前が並んだ。けーたの彼女と、わたくしのそばにいた丈晴。
その瞬間、なんだか世界が皮肉に笑った気がした。でも同時に、「これまで通りの親友に戻るんだ」って思えたのも事実だった。
けーたのセンスはいまでも好きだし、あの時間がなければ今のわたくしはいない。
夫婦としては続かなかったけど、アーティスト仲間としては最高だった。
失ったのは、かみさまだけじゃなかった。
信じていた安心も、未来への約束も、途中で消えてしまった。
それでも、耳を動かして笑った日も、グッズを並べて胸を躍らせた日も、確かにそこにあった。
あの頃のわたくしも、けーたも、ちゃんと生きて、そこにいたんだよね。