わたくし、丈晴と一緒に暮らしていた時はまだけーたと結婚しておりました。
もしかしたらまたよりを戻すかもしれないってお互い思っていたのかもしれないし、そんな思いはなかったかもしれないけど、二人とも結婚したままでもよかった。
だけど、けーたの彼女が納得できなかったらしく。
「じゃあ離婚しようか」
結婚してることにこだわりもなかったし、けーたがそう望むなら、ということで円満に離婚が成立。分与すべき財産なんてゲーム機と洗濯機くらいだったから。もちろんもらったのはゲーム機たち。
離婚届の証人欄に、さらりと名前を書いてくれたのは、丈晴だった。けーたとの泥沼を抜けたあとの、わたくしの新しい暮らしの始まりにいた人。
11歳も年上の丈晴はとにかくやさしかったし、わたくしだけを愛してくれて、けーたといたそきに感じていた不安は1ミリもなく安心させてくれた。
2. 丈晴という人
丈晴に出会ったのはけーたと一緒に暮らしていた時に始めたアルバイトのパチンコ屋さん。
丈晴は、ギャンブルで生きてきた人だった。ずっと上野のホテル住まいもしていたらしい。競馬も競輪も競艇もパチンコもパチスロも……それ以外も。いろんなギャンブルの世界に足を踏み入れてそれで生活をしていた。
丈晴には、怒りっぽいところもあった。
酔うとキレやすくなって、一緒に働いていた仲間に怒鳴ったりもしていた。
でも誰も、丈晴には口を出さなかった。バイト仲間の中では年齢も上だったし、仕事もできて立場的にも上だったから誰も口を出せなかった。
だけど、唯一わたくしだけがそれに対して怒り返してた。
最初から。どんなに立場や年齢が上だろうとダメなものはダメ。
「やめて」「何やってんの」「ちゃんとみんなに謝って」
そのときのわたくしは、自分を守るためというより、丈晴が一人ぼっちにならないように言ってたんだと思う。
それもあってか、どんな言葉をぶつけても、丈晴は静かに受け取って、最終的には自分の至らなさに気付いた様子だった。
そこからどんどん仲良くなっていった。
3. たまもと、ななのおみせ
丈晴と暮らすようになってから、わたくしのなかの子どもの人格「みーやん」が、安心して出てくるようになった。
みーやんは甘えん坊で、たまごが大好きで、セブンイレブンのことを「ななのおみせ」って呼んでいたらしい。
らしいというのは、もちろんわたくし自身にその記憶はなく、丈晴から聞いた話だったから。
ゆでたまごは「たまも」。丈晴はみーやんと夜な夜なセブンイレブンに行ってタバコを買うついでにゆで卵を買って食べさせていた様子。
「みーやん、たまもちゅき!」
丈晴の与えてくれていた食べ物がチョコバーとかアイスじゃなくて本当に良かったよね。
4. 丈晴の安心感と背中
丈晴はお金に余裕があったのか、一緒に暮らしていたあいだ、わたくしには一切、生活費を出させなかったの。
「稼ぎは自分のために使って」って、さりげなく言ってくれる人だった。
箱根の高級旅館でお泊まりしたり、あの頃の年齢ではできないような体験をいろいろさせてくれた。
安心と信頼を一緒に渡してくれる人だった。
だけどそのぶん、背中はどこか遠くて、「自分のことは、自分で片づけてきた人」って感じもしていた。両親との縁も切ったって言ってたし、結婚もしていたらしいけど離婚して連絡すら取ってないとか。
5. かみさまが、少しだけ眠っていた日々
あの頃、右上のかみさまは、あまり現れなかった。
でもそれは、たぶん、丈晴といることで「祈らなくてよかったから」なのかもしれない。
祈りが眠っている日々。
誰かの愛の中で、わたくしはやっと、眠れるようになっていた。
次は、丈晴のためにバニーになった話
丈晴に借金があると知って、わたくしはバニーになった。
それは、彼を助けたいと思ったから。
でも、その夜の店に、別のかみさまが現れるなんてあのときは、知らなかった。