はじめまして、現代アート小説家ヒロオです。現代アートの作品にふれることで、浮かび上がって来る小説(短編)を書いています。
「むがじん」での初回の掲載は、多神和さん作「クリシュナのお口に広がる宇宙」の「むがじん特別編」です。
とても短い小説です。ぜひ、ご覧ください。
~むがじん特別編~ 「クリシュナのお口に広がる宇宙」

ギャラリーのガラスの扉を開けると、宇宙が広がっていた。どこまでも広がる真っ暗な宇宙で、赤い星や青い星がまたたいている。
僕はびっくりして、あわてて扉を閉めた。
まさかこの扉が、宇宙への入り口だったなんて知らなかった。うっかり足を踏み入れたら、宇宙に飲み込まれて、ぐるぐると回りつづけるのかもしれない。
僕は目をこすった。それから深呼吸をして、時計の針を見た。ギャラリートークの五分前。間違っていない。もう一度おそるおそるガラスの扉を開けた。
宇宙の跡形はどこにもなくて、ギャラリーに多神和さんが座っていた。向かいの客席には、仔犬が座っていた。
仔犬?
仔犬は正面を見つめたまま動かない。僕は、仔犬の横に座った。
――こんにちは――
僕は心の中で、仔犬に話しかけた。
そのとき仔犬が、こっちを向いた。ただの偶然かもしれないけれど、そういう偶然を引き起こすことを、心が通じたっていうのかもしれない。
ギャラリートークが始まった。
インドのかみさまの話
かみさまとダンボールの話
子供のときから、姿のないかみさまが、自分の右上にいる話
僕は話を聞きながら、姿、というものを考える。かみさまは、姿が見えなくても、そこにいる。人は、人の姿をして、ここにいる。
でも、人の姿だって、身体の輪郭だけじゃなくって、その人の記憶や祈りが編み込まれて、それで、その人の姿になって、まわりの人に見えている。
ギャラリートークが終わると、隣に座っていた仔犬が、椅子から飛び降りて、絵の中に戻って行った。
僕は目をこすった。
でも、あちこち見回しても、誰も気にしていなかった。
*
ギャラリーからの帰り道は、もう真っ暗になっていて、頭の上に宇宙が広がっていた。
僕は目をこすった。
どう言えばいいのだろう?
こっちの宇宙がまぼろしなのか、あっちの宇宙がまぼろしなのか、僕には、もう、わからなくなっていた。
