徒然の出会い
その日は午後から友人宅へ集合ということだったから、正午に着くように家を出た。けれども、道すがら確認したスマホに届いていたのは、13時を過ぎてからにしてくれというLINE。1時間もヒマな時間ができてしまった。どうしようか?
そうだ、この時間を使ってずっと気になっていた場所に行こう。ということで僕が向かったのは、若鶴酒造の「三郎丸蒸留所」。北陸唯一のウイスキー蒸留所であるらしい。
見学には予約が必要だけど、売店の利用だけならいつでもできる。と言っても僕はほとんど飲酒をしないので、他に何か美味しそうなものは無いかと店内を見回ってみた。そこで見つけたのがこの酒粕ティラミスである。
硝子戸のついた冷凍ケースに、紙製の卵パックのような箱に入って積み重なっていた。これを買って友人宅へ行けば、いい頃合いに解凍が済んだケーキを味わえるだろう。
実食
さて、目的地にて友人らと顔を突き合わせ封を解いてみたところ、まるで茶色い草原のような光景である。茶色い草原といっても枯草ではない。あの青草のふわふわとした質感がそのままで色だけを変えたような、きれいな表面である。
分け合って食べてみると、しっかりと酒粕の香りがしながらもバランスが取れた味で、さっぱりとした後味。丁寧に作られたお菓子なのだろうという感じがする。
アルコールも0.01%に抑えられており、車の運転にも問題は無いというのがうれしい。
トレンディーの時代
このティラミスという食べ物、今ではどこにでも売られているが、子供時代にはそうでもなかったように思う。決して珍奇なものだということは無いけれど、スーパーにもコンビニにもパック入りで並んでいるということは無かったはずだ。
そういえば、これはもう僕の産まれる前の話になるが、二ノ宮知子の漫画でティラミスが扱われていたことがある。その漫画のタイトルは「トレンドの女王ミホ」。うーん、時代を感じさせる味わい深いタイトルだ。
これはその名の通りトレンドを追い求める主人公「ミホ」の日常を描いた物語なのであるが、その中でティラミスが登場する回がある。
このストーリーの中でのティラミスは時流に敏い若者たちにとって、最新の流行として扱われている。どうやら当時はあまり見かけないものであったらしく、主人公のミホもそれが何なのかわからずに狼狽することとなった。
そして、そのティラミスと対地されるように描かれるのが苺のショートケーキである。作中でショートケーキは永遠のあこがれとされつつも、どこか子供っぽい、少女的な印象をもったものとして扱われていた。
初音ミクの時代
それから数十年、今に目を戻してみる。初音ミクの歌にもあるように「苺の乗ったショートケーキ」は少女的ロマンチシズムと結びついて、未だに1つの象徴的王座を保っている。そしてこの歌の歌詞は「こだわり卵のとろけるプリン」と続く。
どれもずいぶんと昔からある定番中の定番だ。残念ながらプリンの後にティラミスが登場することは無いが、あの少し気取った洋酒の香りをまとったとろけるお菓子は、今や洋菓子の定番の座を占めている。もしあと10年遅くこの歌が作られていたら、初音ミクが我慢するのはティラミスだったのかも知れない。