最愛の人を見送るという最高の幸せ

最愛の人の死と幸せ

魂のかたわれ、はるじが肉体の衣を脱いで…あと少しで1ヶ月。まだ1ヶ月。もう1ヶ月。時間の流れがよくわからなくなってる。

ツインレイ、という言葉はやっぱり自分の中ではしっくりこない。かたわれ。ランナーもチェイサーもなく、ただただ愛を深め合う日々だから。過去形じゃなく今も。

そんな日々の中で今回の出来事は大きすぎたけれども。でもはるじはこの1ヶ月でいろんなことを教えてくれた。

はるじの選択をずっと見てきたので後悔はない

はるじを2年間見てきて、わかったこと。それははるじはほりたみわを全力で愛しているってこと。肉体の衣を脱ぐ直前まで…いや、今もなんたけど、はるじがしてきた選択はすべてほりたみわのためだった。

2年前のはるじは優柔不断で、ひとつひとつの選択にものすごく時間がかかる人だったんだけど、それは「軸」がなかったから。

スノボにおいては決断も滑りもこの上なく軸のある人なのに…人生においてはぶれぶれだった。

それが一緒に過ごしていくうちに、はるじの人生の軸が「みわと一緒にいること」になってどんどん強く太くなっていった。優柔不断なはるじはどんどんいなくなって、日に日にイケメンになっていったのふふふ。

性格というか心って見た目に出るっていうけど、ここまで変化する人もそう見たことないよねってレベル。誰に見せてもびっくりされるからおもしろい。

はるじはあらゆることを「みわ軸」で選択するようになってしまったんだけど、はるじはこれまでそんなふうにしたいって思うことがなかったらしく、本当に幸せだって毎日のように言ってた。

はるじがどれくらい幸せそうだったのかは八重ちゃん(はるじのお母さま)がいつも嬉しそうに「みわちゃん来てからの智はいつもニコニコで本当に幸せ〜って顔してる」って言ってくれるから、まわりから見ても幸せそうだったんだなあって嬉しくなる。

癌であることがわかってからも、「残った時間はみわとずっと過ごしたい」って言ってくれて、トイレと病院での検査の時を除いて本当にずっと一緒だった。

ちょっとここには書けないことがいっぱいあるから説明が難しいけど、出会った頃からはもちろん、癌がわかってからもはるじのいろんな選択を見てきたからこそ、はるじが肉体の衣を脱いだことに対しても後悔はしてない。なによりはるじが後悔してないし。

はるじが最期まで「終わり」をにおわせなかったのもはるじのやさしさだった。はるじはわかってそうしてたって後から教えてくれた。

肉体の衣を脱いでしまったはるじとの日々をさみしいと思うこともあったけど、それははるじの選択を否定することになるから、そういう思いは気づくたびに手放してる。

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それぞれの役割

これはまだはるじの肉体が存在してた時に話してたことなんだけど…どうしてみわじゃなくはるじが癌になったのか。

肉体的に強いのははるじで、精神的に強いのはみわだから。逆だったらどっちも持たなかったよねって。

こうなった時に心に対してのアプローチをできるのはみわだし、この身体のつらさに耐えられるのはオレだからって。それにしても本当につらかったろうな。

それと同じくらいの精神的つらさを味わってるかと思うと、役割が逆だったら本当にお互い即死だったわ。それはそれでよかったのかもしれないけど…。

はるじははるじのなすべきことを全うしたので、統合のためにも残ったわたくしはわたくしできちんと乗り越えるよ。

最愛の人を見送るという最高の幸せ

はるじと出逢って間もない頃から、どっちが先に死ぬか話はよくしていて、「オレはみわを悲しませくないから、みわより1秒でも長生きする」ってはるじはいつも言ってた。まさにみわ軸。そうして食生活変えたり、タバコもやめたり、ヨガ始めたり。どんどん健康的かつイケメンはるじになっていったの。

で、しばらくはわたくしもそのつもりで生きてたんだけど、ある日ふと「みわのいない人生を過ごすはるじ」を想像したらはるじはとてもとてもつらいだろうなって思うように。

というのも、はるじは過去に愛する人を亡くすという経験をしてたって話を聞いたことがあったんだけど、そんなつらい思いをまたさせたくないし、ましてやほりたみわがいなくなったら過去の悲しみよりもはるかに大きな悲しみに襲われるだろうなあと(どれだけ愛されてる自信があるのかって話ですが)。

なので、そんなふうにはるじが悲しむくらいなら自分が悲しむ方がいいって思いはじめたんだけど。

で、まあ実際そうなってみて…ってしかも予想よりもはるかに早いタイミングでなっちゃったもんだからなかなか心の整理ができなかった。とはいえ、これを経験するのがはるじじゃなくて本当に良かったって思う。

でも人生最大の悲しみと一緒にもたらされたこの上ない幸せもあった。

最愛のはるじのそばにずっといられて、そのはるじが肉体の衣を脱いでいく様、脱いだ肉体の衣が納棺される様子、燃やされて骨になってしまった瞬間、そしてはるじの骨を拾う、という終わりゆくはるじの肉体の工程を全部見れていること。(納骨はまだこれから)

これって最高に悲しいけど、最高に幸せじゃん。はるじは最愛の人を見送ることがこんなにも幸せだったことに気づかせてくれた。肉体も骨もすべて最高に美しかったよはるじ。

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死は変わりゆくはるじのひとつの段階

はるじと出逢ってからの2年間、はるじはずっと変わり続けていたので、「死」という状態もその変わり続けていくはるじのひとつの状態でしかないのかなあと思う。

これまでのはるじもあまりに違いすぎるので昔の写真を見てはこんなんだったかな…って思うほど。その瞬間その瞬間ではかっこいいなあって思ってたはずなんだけどな。

そんなふうに変化しつづけてるはるじなので、これからは肉体の衣がないってだけ。

だけ、とはいえ、肉体の衣がなくなるってそりゃなかなかのインパクトだから、すぐに適応できるもんでもないけど。

でも適応できようができまいが、この日々は進んでいくだけなので、それならとっとと適応していくほうがいいよねと思いながらも、まだまだはるじが肉体の衣を脱いだことにツッコミ続ける日々。

あ、でも右ほっぺからは移動してかなり一体化してます。時々わざわざほっぺに呼び出すけど。

人生最大の悲しみから得られる気づき

気づきもへっちゃくれもあるかい!っていうくらいの出来事が起きてしまったので、一瞬生きることすらどうでもよくなりましたが、そこはバガヴァッド・ギーターとメケジとおみそさんに救われました。

とりあえず、人生最大の苦難は乗り越えたし、そこからしか得られない幸せも得られたので、これから先の人生で起こることなんてイージーですよ。何があっても乗り越えられますたぶん。たぶん。

この1ヶ月の間にいっぱい内観して、手放して、はるじともますます一体化してきました。毎日お話はするけど、だんだん一緒になってる感がとても強いです。不思議。

ほっぺに呼び出さなくなったら完全に一体化するのかな。まだまだ「愛し合ってる」から一体化は先だろうな。でもいいや。

はるじのぜんぶがすき。