おかしのおかしなはなし(3)「バウムクーヘン」

春とバウムクーヘン

バウムクーヘンは、小さい頃から馴染みの深いお菓子だ。親、とくに父親がバウムクーヘンに目がなく、コンビニスイーツからユーハイムまで、今まで無数のバウムクーヘンを食べてきた。

因みに、僕は個人的に「バームクーヘン」よりも「バウムクーヘン」派だ。だってリンデンバウムだし、バウムガルデンだし、綴りも”baum”だし……。(別にそういう決まりがあるわけではないけど)

このバウムクーヘンは少しぱさついてたけれど、けっこうバターの風味らしきものがあって、悪くない味だった。特に春風に吹かれながら食べるのは、バウム3割増しの心地がする。

父とバウムクーヘン

さきほど父の影響について触れたが、彼がバウムクーヘンを求めるようになったのには幼少期の悲しい思い出があるのだという。

父の父、つまり私の祖父は電力会社の社員だったのだが、その付き合いでさまざまな菓子をもらうことがあったようだ。その中に、ユーハイムのバウムクーヘンもあったらしい。それに目を付けたのが僕の父だった。

半世紀以上前のことであるからバウムクーヘン自体めずらしく、そのような所謂「ハイカラ」な食べ物を見つけた父は、見たこともないお菓子の優雅な佇まいに興味津々であったという。

しかし、食べたいとせがむ父をよそに、祖母はそれを戸棚にしまいこんでしまった。いただきものの高級な洋菓子である、すぐに食べてしまうのではなしに、折を見て落ち着いて食べようというつもりだったのだろうか。

いわば「おあずけ」を食らった父は、悔しい思いを抱きつつ、初めてのバウムクーヘンを心待ちにするのだった。

思い出とバウムクーヘン

そして後日、待ちに待った日であった。先日いただいたのを食べようということで、バウムクーヘンを戸棚よりおろしてきた時である。

父の一家が目にしたのは、やわらかで真っ白なものに覆われた塊であった。

なにぶん昔のことであり、今のようなエアコンも無ければ冷蔵庫に何でも入れるような時代でもない。熱い期待を向けられていたバウムクーヘンには、すっかり黴が生えてしまっていたのだ。

求めてやまぬ物は永遠に喪われ、父は涙を流して悲しんだらしい。

それからのことである、父がバウムクーヘンを見つけては、ついつい買わずにはおられぬようになったのは。還暦を過ぎた今でも、父は、「あの日のバウムクーヘンの方が美味しかったはずだ」と家族とバウムクーヘンを食べながら言うのである。

「山崎製パン バター香るふんわりバームクーヘン
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