DJ AKKY の人生は選曲だ!(20)ーオフコースからのメッセージ

音楽を楽しむ際にデジタルで配信。最近の30代より下は音楽でいう「アルバム」って単語が通じないのではないかと思いますが、

実は音楽でのアルバムってめちゃくちゃ大事だと思っております。

レコード時代で言えば録音技術の制限から、A面がありB面があり、片面約23分くらい、その中で曲作りや曲順を考えつつ…。アルバムジャケットもデザイン考えつつという制限がある上で発表するわけです。

CDになったらなったで最大80分の中にどう収めていくかなど、制限がある中で作品を作る作業は店内インテリアや、はたまた絵画にも似た「何が大事で何を削るか」などのデザイン(調度:整える)センスが非常に大事ではなかろうかと感じてます

それは「アーティストからのメッセージ」であり、それを楽しむのがアルバムだと思います。また歌詞カードだけではなく、参加ミュージシャンのクレジットつながりで違う音楽に巡り合えたりする楽しみもありますね。

手に入れたアルバムは何度も何度も繰り返し聴き、数枚はアルバム単位で心の中で鳴り響いてます。

そんな中、今回はオフコースのアルバムから数枚をご紹介。

セレクション1978-1981

オフコースが1981年に発表したセレクションアルバム。ただ聴くだけじゃなく、楽器を触るようになり、楽譜買えないから何度も聴いてベース耳(ベースのメロディを追っかける)になると、気づくんです。

マジ神曲しか入ってないじゃん!

演奏者の個性活かし、かと言って出過ぎずバランスとりつつ、繊細な中にも秘めた情熱。この感じ。誰なんだろうなぁと思い調べました。

ミックスダウンが、ビル・シュネー。調べたらスティーリー・ダンのアルバムに関わったエンジニアです

ビル・シュネーは1978年彩(エイジャ)1980年ガウチョ 両作ともグラミー賞受賞・最優秀録音賞 受賞。両作品ともクオリティハンパ無い。なるほどなと。

しかもビル・シュネーは「We are」から7年間、オフコースのエンジニアとして「音作り」に関与しており、お互いの職人技が光ってます。この時代のオフコースはいわば黄金期。

たしかに神がかっていました。日本人で知らない人は居ないくらいです。オフコースのバンドリーダーだった小田和正とは同い年。小田さんの透明感あふれる繊細な、かつオラオラな情熱感を見事に引き出していますね。

ビル・シュネーと小田和正の出会いは、小田和正が地方公演中にパチンコで当てて、交換したのがボズ・スキャックスの「ミドルマン」で、エンジニアのクレジットを見たらビル・シュネーが書いてあって連絡を取ったのが最初だそうですけど、初めてそれを聞いたときに都市伝説っぽいし小田和正がパチンコするのがなんか意外。

いやまて。セレクション1978-1981のアルバムジャケット、

これひょっとしてパチンコ玉なのか???

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セレクション1978−1981の前後に出したアルバムと言えば

ーWe are 1980年

 はい。タイトルが「僕ら」です。作品の統一されたトーンは「僕たちは」でもなく「私たちは」でもない「僕ら」です。もう1曲目の「時に愛は」から【透明感あふれるオラオラで静かな情熱】が炸裂です。抑えて抑えて職人芸。後半のツインギターバトルはまさにそれ。

また、そばにいて懇願する「いくつもの星の下で」で一旦物語が終わり、B面には小田節炸裂の「Yes-No」今なんて言ったの?からの歌詞は女性が怒る寸前。小田さんが歌うからいいんですよこれ。

セレクション1978−1981を挟んで……

ーOver  1981年

 「終わり」ってタイトルですね。当時姉さん兄さん世代がざわついていたのを覚えてます。終わっちゃうの?この作品のトーンは

  前作の踏襲でありますが描写がオトナの恋愛なもので、「愛の中へ」の歌詞を歌うのを恥ずかしかった記憶があります。

  取り上げるべきは「言葉にできない」数々のアーティストがカバーしてますね。槇原敬之や平原綾香、JUJU、そしてEXILE ATSUSHI など。音楽を多少でもわかる方は循環コードが聴いていて心地よいです。

ー I love you 1982年7月

 レコードの針を落とすと流れてくる「YES-YES-YES」スッと入ってくる歌詞。おそらく表参道あたりのカフェで男女のトーク。歌詞の背景はここでは細かくは触れません。

特筆すべきは先行してシングルで6月10日に発売したこの曲はその日から始まる武道館10日間公演で初お目見え。最終日には場内大合唱されたそうです。

アルバム発売は武道館公演最終の翌日。アルバム最後の曲は「I LOVE YOU」。泣くよこの演出は。ファンへのメッセージ。当時のファンは号泣したでしょう。

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このあとオフコースは

 デビューから小田和正さんと一緒に活動していた鈴木康博さんの脱退。1984年までオリジナルアルバムを出すことなく活動休止。

1984年に出されたThe best year of my lifeは名曲揃いでオリコンも1位をとったりしてましたが、小田さんのソロの布石のような作品が並び、オフコースは1989年2月で解散します。

小田和正といえば

 オフコース在籍中も2枚のソロアルバム。特にソロファーストアルバムはTOTOのジェフ・ポーカロなど超有名ミュージシャンを交え、オフコースとは違った作品になってます。

アルバム1曲目の「切ない愛のうたをきかせて」続く、1991年の「ラブ・ストーリーは突然に」も歌詞は男女間を歌っているように聞こえるんですが、かつての音楽パートナーであった鈴木康博さんに送っているのかも。と思うのです。

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ということでお約束セットリスト

 3枚のアルバムからチョイス。かつソロ1作目からの小田さんもチョイスしています。秋の東京を感じてください。

 君の嫌いな東京も秋は素敵な街。

 

ABOUT US

AkibaRyuji
東京生まれ東京育ち。元水球とラグビーの選手。原宿クロコダイルや本牧ゴールデンカップなど老舗ライブハウスやミュージックバーなどでDJ展開中。得意なジャンルはSoul Music やDiscoMusic。SoulBarをつくるのが夢。